九州の伝統と歴史のある「焼き物のまち」波佐見町のご紹介

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有田焼と並ぶ歴史と伝統、波佐見焼の藍彩窯
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九州「焼き物のまち」波佐見町のロケーション


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九州の「焼き物のまち」波佐見

藍彩窯のある波佐見町は長崎県のほぼ中央、東彼杵郡の北部に位置し、東は武雄市、嬉野町に、北は佐賀県山内町、有田町に接しています。また、長崎県内でも海に面していない数少ない町でもあります。400年の伝統をもつ全国屈指の[焼き物の町]として栄えてまいりました。お近くにお立ち寄りの際は、是非様々な名所を訪れてみてください。
九州焼き物といえば、有田焼や伊万里焼を思い浮かべる方も多いかと思いますが、実は波佐見、有田、伊万里は地理的にも近い位置にあります。前にも述べましたが、波佐見は海に面していないため、九州から全国へ流通する際、海路を使う場合は伊万里港、鉄道を使う場合は有田駅を経由します。そのため、焼き物としての起源はほぼ同じであるにも関わらず、波佐見の焼き物が九州の有田や伊万里の名で流通した歴史があるのです。
全国の一般家庭で使われている日用食器の13%は波佐見町で生産されています町内には陶磁器に関する581の事業所があり、町内の約3,000人が窯業関係の仕事にたずさわっています。まさに九州の「焼き物の町」なのです。
また、農業の近代化にも力をいれ、県営圃場整備、農村総合整備モデル事業なども県下で第1号として実施。水田面積650kaのうち約83%の区画整理が完了。大型農機による作業とライスセンターを結んだ米麦一貫作業体制が確立されています。



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畑ノ原窯跡
畑ノ原窯跡

日本最古の窯「畑ノ原窯跡」

畑ノ原窯跡は、1981年に発掘調査が行われ、窯の部屋数約24室、全長約55.4mを測り、当時としては巨大な規模を持つ窯であったことが判明しています。出上した製晶は、陶器(溝縁皿)を主体とするものの、僅かですが磁器も含まれ、陶器と磁器を同時に焼成していたことがわかりました。畑ノ原窯跡は、波佐見における磁器の誕生、さらには、国内磁器生産開始期の様相を知る上で、非常に重要な窯であると言えます。九州から始まった日本の焼き物文化。その貴重な第一歩をご覧になってはいかがでしょうか。

藍彩窯から車で3分くらいの場所です。
藍彩窯にお越しの際は、ぜひ畑ノ原窯跡にもお立ち寄り下さい。


畑ノ原窯跡を含めその他、波佐見焼の歴史を語る上で欠かせない5基の古窯跡と2箇所の窯業関連遺跡が2000年に国史跡に指定されました。

畑ノ原窯跡(村木郷)
1610年代?1630年代に操業。肥前磁器生産開始期の様相を伝える窯。
三股青磁窯跡(三股郷)
1630年代?1650年代に操業。国内有数の青磁を生産した窯。
長田山窯跡(井石郷)
1690年代?1740年代に操業。18世紀前半代の青磁生産窯。
中尾上登窯跡(中尾郷)
1640年代?1920年代に操業。全長160mを越える世界最大規模の登窯。くらわんか碗・コンプラ瓶等を大量 生産。
永尾本登窯跡(永尾郷)
1660年代?1950年代に操業。全長155m程を測る、中尾上登窯跡に次ぐ巨大窯。くらわんか碗・コンプラ瓶等を生産。
皿山役所跡(永尾郷)
寛文6年(1666)、大村藩によって設置された窯業管理機関。
股砥石川陶石採石場(三股郷)
磁器の原料となる陶石の採石場。江戸初期から昭和時代まで採石が続けられた。

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長崎県東彼杵郡波佐見町村木郷876-2